くまおやじのブログ

第二次ベビーブームの量産型不良品、グンマー都民です。人生100年時代、あと半分。あせらず、くさらず、あきらめず。ゆる~くいきましょう。

キレるかーちゃんに一切反論しないとーちゃん、その理由

夕べの夕飯での話。息子が学校での出来事をいろいろ話してきた。というより、たまっていた愚痴を聞いて欲しくて仕方がなかったのかもしれない。話の内容は、部活で後輩がやたらと絡んでくるのがウザいということだった。タメ口を聞いたり、態度が悪かったりと、何かと問題がある後輩だという。アドバイスをしても全然聞かないし、毎週のように同じこと繰り返すし、いい加減頭にきた!と怒り心頭の息子。

そういえば、今日会社でも同じようなことが起きていた。朝一で隣の若いのがキーボードをガンガン叩いている。入力しながらキーボードに八つ当たりをしてる。そしてため息をつきながら、頭を掻きむしりブツブツとボヤいている。まるでおもちゃ売り場で駄々をこねてる子供のようだった。

駄々をこねた原因は、自分が任されて管理していたExcelのセルを、誰かが誤って削除してしまったらしい。そのせいで何段かズレが生じ、1,000行余りのデータが使い物にならなくなったようだ。それをコチラに聞こえるように独り言を言ってるように感じたが、いちいちかまっているほど暇でもなかったのであえてここはスルーしてみた。

すると今度は、次第にキーボードをたたく音が大きくなってきた。んー、これはかまってほしくてさらにアピールをしてきたんだろうがその手には乗るまいと、引き出しにあった耳栓をつけてその場を凌いだ。隣の若いのは耳栓をしてる僕を見て、多少気にしている様子だった。

そうこうしているうちに、昼休みになり、午後は随分と大人しくなった。空腹も満たされて機嫌がよくなったのだろうか?向こうから話しかけてきた。隣同士の席で出社して4時間後、初めての会話だった。

『午前中は随分とご機嫌斜めだったんじゃね?』と聞くと、待ってましたとばかりに、満面の笑みで『聞いて下さいよ~』と、ここから延々とExcelのシートを壊されたボヤキを聞く羽目になった。ああ、気を利かしてひとこと言ったがために、思わぬところでハマってしまったと後悔しては見たものの、完全に後の祭りだった。

この彼も、息子の後輩君と同じでアドバイスをしたところで何も変わらない。というか、こちらの意見を聞き入れないことがほとんど。せっかくこっちが気を利かしてアドバイスしてんのになぁ…と思うこともしばしばあった。しかも、何かいいアイデアないですかね?とアドバイスを求めています!と始めから宣言している場合でも、ほとんど聞き入れることはなかった。

すげえ失礼な奴だなとも思ったが、実はこの程度のことはままあることだといつからかあきらめるようになった。それでも相手はお構いなしにやってくる。こちらが忙しかろうが何だろうが関係なく、向こうの都合でやってくる。

『お前さぁ、アドバイス求める割には全然行動に移さないじゃん。そんな奴にアドバイスする必要はないよ。』と突き放すのはとても簡単なこと。もしくは本気でアドバイスを求めているわけではないのかもしれない。社交辞令的な意味で言ってるだけかもしれないと。これはある意味コチラが試されてんじゃねぇかと考え、アプローチを変えてみることに。

以前、某団体でコーチングについて学んだことがあり、ふとその時のことを思い出し、それから傾聴を取り入れた。ただひたすら聞くだけ。こちらがアドバイスをすることもなく、ただただ聞く。それで頑張ってるね。と承認をするようにした。

相手から出てくるのは、ほとんど愚痴の類。他人の行動をあれこれ批評批判することが圧倒的に多い。そのため、大体は愚痴を吐き出してスッキリして終わる。上司のこと、旦那のこと、彼女のこと、後輩のこと、親のこと、ごく身近の誰かの不満が多い。

しばらくしてまた同じ相手に対して同様の不満が溜まってきて、また吐き出す。これの繰り返し。いい加減、他人の行動は変えられないってことに気付いたらどうかとも思うが、そこに気付く人ってあまりいないような気がする。

【過去と他人は変えられない】誰かが言ったこの名言?格言?はすべてがその通りとは思わないが、大方あってるような気がする。その逆は【未来と自分は変えられる】となる。

いちいち他人に振り回されるより、自分の行動・思考を変えていけば不満は少なくなるはず。そこに費やすエネルギーに時間、そこから発生するストレスを考えれば、ほかにやるべきことはたくさんあるはずだろうと。それを聞いた息子は、とーちゃんにキレるかーちゃんに対し、とーちゃんが一切反論しないのはその考えがあったのか...と、腹落ちしたようだ。

かーちゃんの不満・批判を一身に受けて、かーちゃんはスッキリする。とーちゃんはそうなん、そうなん、と受け止める。ココは直せと注文があっても、そうそう変えることはできない。そもそもとーちゃんはソコを変えようと本気で思ってないから。するとしばらくしてまた、かーちゃんの不満・批判が一気に噴出し、また同じことが繰り返される。

断っておくが、これは夫婦ゲンカでも何でもない。嫁さんの不満・批判を一身に受ける洗礼という儀式。コミュニケーションを促進するための我が家の定期的な行事なのだ。ただ、グンマー弁で大ゲンカをしてるように聞こえるだけ。

人間はよほどの理由がない限り、自分の行動や思考を変えることなどできない。嫁さんに痩せた方がいいよって言ったところで、分かってるよそんなこと!と反発される。子供に対して、勉強しろと言ったところで、やる気を削ぐだけの効果しかないのは誰もが経験済みだと思うが。

さて、息子は傾聴を用いて後輩に対しどのような対応ができるのか?
後輩の変化、成長はみられるのか?
今後の楽しみがまた一つ増えた。

さて、今日はこの辺で。
はい、くまおやじからは以上です。